「直感を信じろ。JUST DO IT!」サーフィンフォトグラファー、クラーク・リトルインタビュー



 

危険なワイメアのショアブレイクを捉えた写真でサーフアート界に新しい風を起こした、ハワイ在住フォトグラファークラーク・リトル。たった6年のキャリアで、ナショナルジオグラフィックにフィーチャーされ、アメリカのスミソニアン博物館にも展示されるに至った彼の作品の裏には何か特別なものが隠されているのでしょうか。作品はもちろん、クラーク・リトルという人間の考え方と生き方についてインタビューしました。

 

『まさかこれを仕事にしようなんてこれっぽっちも思っていなかった。』

———-写真を撮り始めたのはいつですか?
6年くらい前だからまだそんなに経っていないんだよ。僕の奥さんがある日、家に飾るんだと言って波の写真を買ってきたのが全てのはじまり。「波の写真なんて買ってこなくても、ぼくは毎日ショアブレイクでサーフィンしてるんだから、ぼくが撮れるはずさ!」って言って、小さなカメラにハウジングを装着して写真を撮りはじめた。ショアブレイクの巨大なチューブで砂が巻き上げられている写真なんかが撮れて、家族や親せきに見せたら、「こんなのみたことないよ!」って。あれがはじまりかな。数か月後にはちゃんとしたカメラを買っていたわけなんだけど、当時、まさかこれを仕事にしようなんてこれっぽっちも思っていなかった。ただ楽くてやってたのが気づいたらビジネスになっていて、ビジネスになった今でも、海で写真を撮ることが楽しいのに変わりはない。僕はパイプラインみたいな混雑とは無縁。だれもいない静けさの中、ショアブレイクでぼくだけが知っているスポットに狙いをさだめて自然の美しさをとらえる。それがぼくの撮影哲学でもあるんだ。

———-写真に関する知識はあったんですか?
ぼくの父は写真の先生で、子供のころ暗室で父がなにをやっているのか見たり、若いころにショアブレイクで撮った写真の現像方法を父に教えてもらったりはしたけど、特に写真に興味はなかった。ただ、6年前にこれが始まってから、ブライアン・ビールマンっていうフォトグラファーがいるんだけど、彼に機材や設定なんかを教えてもらったのにはかなり感謝しているね。ただまあ、撮影は、巨大な波になれていることや、その時その場所にいることだったりで、機材だけではないんだけど。ぼくはあのショアブレイクで何年も波に乗ったり泳いだりしているおかげで、波がどこでどうブレイクするかっていうのがわかるんだ。その部分はぼくにとってはイージーだった。カメラに関してはまだまだ勉強中だけど。ぼくの写真は一瞬をとらえたクリーンでシャープなイメージが多いと思うんだけど、ショアブレイクに関しては独自の魔法の設定をみつけたんだ。

———-たしかに、波がまるで止まっているかのような写真が多いですね。
ガラスみたいな。その一瞬を凍りつかせる設定。自然には全く同じ瞬間っていうのは絶対になくって、その一瞬を捉えることがモチベーションにもなっている。

———-設定を教えてくれなんて言われません?
毎日メールで聞かれるよ(笑)カメラの種類くらいは聞かれれば教えてあげるけど、あの魔法の設定は教えられないね(笑)。今となっては、GoProなんていうのもあるし、6年前と比べたらショアブレイクの写真を撮る人も増えた。マウイに行っても、カウアイにいっても、ビッグアイランドに行っても朝の5時に海へ行くと、もう撮影している誰かがいるんだよ。みんながそうやってインスパイアされてるっていうのはクールだと思う。しかも良い写真は売れる。ぼくは、たまたま今までだれも撮ったことのないものが撮れてしまって、それがこうしてビジネスへと進化していったことは本当にラッキーだと思う。何度も言うけど、これが仕事になるなんて夢にも思わなかったからね。

『そうしたら不思議なことに、やめた途端に、急にいろんな仕事や依頼が舞い込んでくるようになって世界を飛び回るようになった』
———-以前はどんな仕事をしていたんですか?
ワヒアワにある植物園でマネージャーだったんだ。27エーカーもの土地に、熱帯植物はもちろん世界中の様々な植物が育ってるんだ。最高に楽しい仕事だったよ。17年半やってたのかな。もちろんサーフィンも仕事の一部だったけどね。で、6年前にこの写真のビジネスも同時にはじめて、更に子供を送り迎えや、家族との時間をすごしたりしているうちに、あまりにも忙しくなりすぎて、全部やり続けることがむずかしくなってきた。で、4年前かな、もう写真の仕事一本に絞ろうと決めて、植物園の仕事はやめたんだ。そうしたら不思議なことに、やめた途端に、急にいろんな仕事や依頼が舞い込んでくるようになって世界を飛び回るようになったんだ。

———-仕事をやめる決断をしたとき不安はありませんでしたか?
そりゃあったよ。奥さんは「頭おかしくなったんじゃないの?!」って感じだった。「ショアブレイクに突っ込み過ぎたせいかな」なんて言ってたかな(笑)。いや、もちろんやめるにあたって、実際にいろいろとシミュレーションを行ったんだ。ギャラリーはなかったけど、まずウェブサイトがあったし、まだまだ十分ではなかったけど可能性はあると思った。あの決断をしてから、グッドモーニングアメリカの仕事やナショナルジオグラフィックの仕事が突然入ってきたんだ。そして、今PRやライセンスなどを管理してくれてるリッチが一緒にやってくれることになったおかげで、ぼくは撮影に集中できるようになったし、家族と過ごす時間も増えた。あの時決断していなかったら今のぼくはない。

———-突然有名人になって、困惑することはなかったですか?
色んな所から声がかかって世界中をこうして旅できるようになって、ストレスに感じるよりも、楽しくて仕方がなかった。ただ、ぼくは人前に出て話したりするのも得意じゃなかったし、けっこうシャイだったのが、やってみたら今ではそれも意外と好きかもって思えるようになったしね。とにかく何にも計画なんてないまま、どんどん物事が展開していって、広告なんてしたこともないのに、ありがたいことに色んなオファーをもらえている。そのスタイルは今もかわってなくて、毎日朝起きてメールをチェックしたら、さて、今日は何が起こるんだ?!って感じなんだ。ちょうどランチでリッチとそんな話をしてたところだったんだけど、なんていうのかな、流れにのっかってるっていう感覚。奥さんは学校の先生だったんだけど、それも3年前にやめてぼくの仕事を手伝うことで家族との時間も増えたしね。こんな人生を送れる人って多くはないし、本当に感謝しているよ。

『直感を信じろってことかな。自分の心が知っているっていう感覚。ぼくにとってはまさにそんな感覚だったんだ。』
———-6年前に写真と出会って、それまでやっていた仕事と本当に自分がやりたいこととの間で選択を迫られ、今となってはもちろんそれは正しい選択だったわけですが、もし、そういう状況にいる人がいたならばどんなアドバイスをしますか?
一言でいえば、直感を信じろってことかな。自分の心が知っているっていう感覚。ぼくにとってはまさにそんな感覚だったんだ。リスクがあるのは承知だったけど心が決めていた。絶対上手くいくっていう自信があったんだ。あとは、チャンスがあるなら絶対に逃すなということ。そしてそのチャンスには100%以上の力で立ち向かう。ああすれば良かったとか、あの時なんでああしなかったんだろうなんて思うのはバカげてる。やってみれば良いんだ。別に失敗したって地球が滅びるわけじゃない。チャンスはいくらでもある。ぼくなんて、6年前はカメラさえ持っていなかったんだ。わかるだろ?やればできる。できないことなんてない。宝くじに当選することだってきっとできるはずさ。今のぼくが感じるのは正に宝くじにあたったような気分。最高な気分でしかもそれがずっと続く。人生がどんなふうに転がっていくか、まさにそれをぼくが経験しているからね。話しているだけで鳥肌が立ってきたよ(笑)それくらいこの感覚はリアルな感覚なんだ。フェイクじゃない。ぼくにとってこの感覚は大きな意味を持つ。直感がやりたいということがあるなら、あとはいつやるか。それだけ。ぼくも実際絶対大丈夫っていう自信を感じるまでは、しばらく仕事を二つやっていたしね。一言で言うなら、JUST DO IT。

リッチ:それってまるでサーフィンと一緒だよね。クラークは波乗りとともに育ってきたわけだけど、波乗りって次に何が起こるかなんてわからない。ボトムターンするのか?エアにするのか?波に乗りながら、ずっと先のことなんて考えないだろ。今この瞬間しかない世界。

 

———-では、ここまでは順調に波に乗ってきてるということですね。
まあね。ジャック・ジョンソンには劣るかな(笑)

———-いやいや、かなり近いんじゃないですか?
正直言って、サーフィンフォトグラファーとしては本当に恵まれていると思う。

『あれは今までで一番大きな投資だった。10000冊。40フィートのコンテナ2台分。初期投資の金額もハンパなかった。』
———-雑誌も少なくなってきているし、サーフィンフォトグラファーという職業にとっては良い時代ではないですよね。
そうだね。昔は広告に写真が一枚使われれば何千ドルって入ってきたりしたものだけど。何年も雑誌のスタッフフォトグラファーだったのに、やめさせられてフリーランスにならざるを得なくなったフォトグラファーも多いしね。そういう流れは残念だけど、ありがたいことにぼくはそういった流れとは別の場所にいるっていうか、例えばぼくにはトリプルクラウンなんて関係ないわけだ。ぼくにとってフォトグラファーでいることは、ぼくなりのアート、つまり波を撮りつづけること。撮った写真をギャラリーやウェブで販売したり、HurleyのTシャツに使ってもらったり、さまざまな製品を造ったり。そうそう、大きな掛けをしたのは写真集だね。

リッチ:クラーク自身が個人出版したんだ。

あれは今までで一番大きな投資だった。10000冊。40フィートのコンテナ2台分。初期投資の金額もハンパなかった。

———-不安じゃなかったんですか?
めちゃめちゃ不安だったよ。プレオーダーを取っていたから、ある程度の算段はついていたけど、実際買ってくれるかどうかもわからないわけだしね。本が入荷したら請求書がやってくる。だからとにかく急いで売らなきゃならなかった。最終的には9000冊売れたんだ。発売が2009年だったんだけど、まだだれもショアブレイクで撮影なんてやっていなかったっていうのも売れた理由かもね。実は出版社からのオファーもあったんだけど、計算してみたらこっちの儲けがあまりにも少なかったからそれも断ってね。出版社はやる気満々だったんだけど、最後の最後に断りの連絡を入れて、そこからが大変だった。自分たちで本づくりをはじめなきゃならなかった。レイアウトから文章まで、本当に大変だったけど、あの本に書いてあることはぼくの人生そのもので、そのぼくのストーリーが9000冊以上も、今だれかの家にあるっていうのは最高だね。6年って言うのは長かったのか短かったのかな。こんな昔話はあんまりしたことないんだけど、いろいろ思い出しちゃったよ。

———-今もショアブレイクでサーフィンするんですか?
ごくごくたまにやるくらい。今は写真をとるために海に行くことの方が断然多いよ。波が良いときにサーフィンしてると、写真が撮れないから「しまった!」って感じる(笑)チューブの中にいるよりも、チューブを撮影したいんだ。

『撮影しているときに感じるあの最高の気分は、サーフィンしているときのものと全く一緒なんだ』
———-波に乗るより、波を撮りたい気持ちの方が大きくなったってこと?
ほんとにそうなんだ。例えば、ラニアケアの前をドライブしているときにぼくが探すのは小さなショアブレイク。完全に写真撮影のための見方に変わった。波のコンディションや潮の動きもね。波乗りではなくて、撮影に最適なのはどんなコンディションなのか、が基準なんだ。そういう意味で、海に対する見方は変わったけど、でも撮影しているときに感じるあの最高の気分は、サーフィンしているときのものと全く一緒なんだよ。なんだったら、ぼくがいたチューブをもう一度写真で見ることができるわけで、2倍楽しい。波に乗る必要なんてないんだ。あの洞窟の中に入って、上から波がかぶさってきて、ドカンとやられる。その瞬間を捉えたっていう感覚はなにものにも変えられない。

mohawk


 

———-ショアブレイクを知り尽くして、ここで撮れば良い写真が撮れると分かっていても、家に帰って撮影した画像をチェックして最高の写真が撮れているのを見たときの気分ってどんな感じですか?
最高の気分さ!撮影しているときに、ぜったいこれは良いのが撮れたっていうのはだいたいわかるんだけど、そりゃ家に帰ってみるとぶれてたり、いらない何かが写ってたりっていうのはある。でも、これは来たな!っていう瞬間はだいたいわかるね。例えば、あのMohaukとMarlinの写真を撮ったとき。ぼくは実際にあれをこの目で見たんだ。今のはホントだったのか?!って何度も思って、家に帰ってみてみたら信じられないような美しい写真が撮れていた。ナショナルジオグラフィックに取り上げられた写真だ。あれは海が完全にアートになった瞬間だった。思い出して話してたら本当に暑くなってきたよ!(笑)

———-ショアブレイクでやられますか?
もちろんさ(笑)そういえば先週はハウジングにやられた。ハウジングはすごく重いから、これが本気であたったら気絶ものさ。たまにジョギングしたりするけど、これを持ってショアブレイクでまかれるのが一番トレーニングになるし、波乗りした後に感じるあの心地の良い疲れっていうか爽快感も同じように感じるんだ。で、心地よい疲れの中、撮影した写真をチェックする瞬間がまた楽しい。

———-どれくらいのサイズまで行くんですか?
2フィートの小さなクリーンバレルからフェイスで20フィートくらいかな。一番いい場所にいなければチューブをミスするし、インサイドにいすぎてもやられる。波が吸い上げられるのを見ながら波の裏側に出なければならないんだけど、毎回成功するわけじゃないし、波にもみくちゃにされて、砂にたたきつけられたりもする。しかも何度も。ヤバイときは相当ヤバイ(笑)10フィートくらいの波にやられて、まだ息もできてないのに次の10フィートに叩きのめされると、さすがに家族の顔が思い浮かぶよ(笑)でもそんな経験は数えるほどしかないし、ほとんどは楽しみでしかないよ。

———-好きなスポットは?
ショアブレイクスポットだね。ワイメア。あとお気に入りはケイキビーチ。みんなワイメアのショアブレイクは危ないって言うけど、ぼくにとってはパイプラインの方がよっぽど危険だよ。ショアブレイクは蹴り返せるけどリーフじゃムリだ。まあ人それぞれ居心地の良い場所があるってことかな。

———-HONU(カメ)の写真も良く撮られていますよね。
カメは最高だよ。一匹一匹個性があるんだ。ひとなつっこいのもいれば、愛想のないのもいる。どのあたりにいるかとか、どんな行動するかもだいたいわかってるから、行ってみて、一緒に泳いでカメになった気分で撮影するんだ。イルカも一緒。カメもイルカも素晴しい生き物。ぼくが撮影したFlying Honuっていう作品はスミソニアン美術館に展示されたんだ。カメを撮影し始めたのは波がないときに、何かを撮影しようと思ったのがはじまりかな。夏のノースは波がないけど、タウンのサンディーズで人にまみれて撮影はしたくないからね。

———-最近はショアブレイクで撮影する人も増えたって言ってましたけど、そんな人たちに何かアドバイスはありますか?
やめた方が良い(笑)あぶなすぎるから! いやいや、実際みんながはまるのは良くわかる。ぼく自身、自分がアーティストなのか、アスリートなのかわからないけど、ショアブレイクでの撮影はスポーツみたいなものなんだ。撮影しながら泳いで、ショアブレイクにやられまくって。それに耐えられる体と情熱があるなら本当に素晴しいよ。やってみたいなら是非やってみてどんなものか自分の目で確かめてほしい。最高の気分を味わえることは間違いない。

『おかしいかもしれないけど、ぼくは自分の作品を見ては、「なんて美しいんだろう」って心から思うんだ』
———-見る人に作品を通して伝えたいことってなんですか?
作品をとおしてぼくの情熱を感じてもらいたいってことかな。心から楽しいと思えることをやってつくりあげた作品で、だれかが同じ気分になってもらえるならうれしいね。そして、自然や海がどれほど美しいかっていうこと。おかしいかもしれないけど、ぼくは自分の作品を見ては、「なんて美しいんだろう」って心から思うんだ(笑)ぼくの作品をとおして、見た人がぼくと同じくらい幸せな気分になってもらえたらそれが一番だね。

———-あなたの仕事の最高な部分ってなんですか?
日本に来ることができることかな(笑)なんといってもやっぱり海だね。家には素晴しい家族がいて、仕事場は海で、日々自然とともにおだやかな時を過ごす。これ以上必要なものなんてないし、いつも感謝の気持ちでいっぱいなんだ。ぼくに与えられたギフト。幸せだよ。ぼくの人生は最高だ。

interviewed by Eri Nishikami
1968年カリフォルニア州ナパ生まれ。2歳の時に父親の仕事でハワイ州ノースショアに移住。1980~90年代にかけて地元ワイメアベイで、危険なショアブレイクサーフィンのパイオニアとしてその名と才能を轟かせる。転機が訪れたのは2007年、クラークの妻がベッドルームに海の写真が飾りたいとクラークに頼んだことが始まりだった。 彼はそのサーフィンの技術と経験、何より海への情熱でカメラを手にすることを決め、美しく、そして力強いハワイのショアブレイクを撮り始めた。彼の写真はAppleやNikonの広告やナショナル・ジオグラフィック、ニューヨークタイムズ新聞にも掲載され、ワシントンDCのスミソニアン博物館にも作品が展示されるなど、サーフ界の外へも拡大している。2011年5月にスミソニアン博物館で「Oceans Photography Award 」を受賞。2011年にはハワイのノースショアにクラーク・リトル ギャラリーがオープン。
http://www.clarklittlephotography.com/