Rell Sunn マカハの女王レラ・サンの貴重なライディングビデオ


こんにちは。編集長です。Beach Pressにはサーフコンテンツが少なすぎることに気づいたので、リニューアルにともない、あらたに、今のサーフシーンをつくりあげてきたサーファーガールたちを辿ってみるというコーナーつくってみました。

わたしは、サーフィンの歴史というものにも興味がありまして、大昔、ハワイでポリネシアンたちが波に乗るという楽しさを発見して以来、サーフィンにはじつはとても長い歴史があるのですが、なかなかその歴史にふれる機会もすくないですし、まして、女性サーファーの歴史となるとなかなかフィーチャーされることも少ない。というわけで、ここでは、さまざまな年代の女性サーファーをビデオとともにご紹介していけたら。と思っています。

第一回目は、クイーンオブマカハとして愛され、47歳という若さで乳がんのためこの世を去ったハワイのレラ・サンをご紹介します。
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1950年、マカハで生まれたレラは70-80年代のトップサーファーでしたが、プロサーファーとしての活躍よりも、優雅なサーフィンとアロハスピリットをそのまま生きたその生き方でよく知られるサーファーではないでしょうか。姉のマーサも60年代に活躍したサーファーです。レラがサーフィンをはじめたのは4歳の時、16歳でサンディエゴで行われたワールドチャンピオンシップに招待されます。その後オクラホマにボーイフレンドと移住、結婚しますが、72年に離婚して娘とともにマカハに戻りました。その間5年ほどサーフィンから遠ざかっていたレラですが、サーフボードの変化にも順応し、すぐにトッププロの仲間入りをはたします。レラはアグレッシブなマーゴ・オバーグや、リン・ボイヤーなどとは対照的なスムースでクールな、流れるようなサーフィンが特徴でした。彼女はどの波も最後までちゃんと優雅に乗りこなすのでした。そんなレラのことをアメリカのサーフィン誌は”女性サーファーいちのスタイリッシュサーファー”と評していました。

70-80年代を通してコンペティターとして活躍しますが、1983年乳がんであることが発覚。そこから15年にわたる乳がんとの戦いがはじまりました。88年には一度昏睡状態におちいりましたが回復するも、91年には、余命半年との診断を受けます。しかしその後も彼女は毎日波乗りをつづけ、旅を楽しみ、ラジオDJ、セラピストなどとしての仕事を楽しみ、1994年、プロサーファーで、10歳年下だったデイブ・パーメンターと三度目の結婚をします。レラは94年にマカハの自宅でその生涯を終えたとき、まだ47歳という若さでした。彼女を天国へ送るメモリアルサービスには3000人以上が集まり、遺骨はマカハの海に散骨されました。彼女の死はニューヨークタイムズでに、”ハワイの宝”の喪失として掲載されたそうです。
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Rell Sunn from ENCYCLOPEDIA of SURFING videos on Vimeo.

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ABOUTこの記事をかいた人

エリツィン編集長

Beach Press編集長・水着屋・何でも屋。 20代のほとんどをヨーロッパとハワイで遊び呆け、ハワイではサーフィンに出会い人生激変。日本帰国後会社勤めを試みるも挫 折。現在は海の近くでハワイからステキなビキニや日焼け止めを輸入したり、サーフィンしたり、旅したり、サーフィン したり、旅したり、ほとんどサーフィン先日、幸せな人生のためには週20時間以上働いてはいけないとどこかで読んだので実践中。。冬は働いてません。楽しいことしてれば人生なんとかなる。念ずれば花開くは小学校からの座右の銘。笑う門には福来たる、真面目禁止、一日一爆笑が日課。ではあるが、やさぐれてる日があってもいいと42歳になって気づいた。