Hello my second baby~出産の記録~





大分blogがご無沙汰してしまい中々更新できずすみません…

「毎日blogで産まれたか見てる」なんて方もいらっしゃって、とてもありがたいかぎりです。

予定日二週間遅れになりましたが2月18日(月)AM7:42

無事に産まれました!!!My second baby♡♡♡

気にかけてくださる皆さまいつも本当にありがとうございます。

 

第2子、2月4日予定日でありましたが、第1子同様、

予定日から二週間後の”正期産”までに陣痛が来る気配がなく…

過期産になってしまう為、病院に2月11日~の週に計画出産を打診されましたが、

今回唯一の”願い”は自然に赤ちゃんのタイミングで来る陣痛で産むこと…

過期産になってしまうけど、医院長先生にお願いして2月11日の週は様子をみさせてもらい

それでも陣痛が来なければ「42週0日」となる2月18日(月)午後入院→19日(火)に出産予定でいました。

 

最近になり分かった事ですが、私の母親も3人出産中、予定日から2週間以内の正期産に陣痛が来ないという遺伝?な体質…

どこかのママサイトでみたら予定日過ぎて二週間陣痛来ない人って3%くらいの割合らしいのですが…

Yossyの時、初めての出産が衝撃的すぎて(いや多分初産にしてはめっちゃ安産でしたが)

衝撃的とは、とにかく陣痛の痛みの波が衝撃的すぎて、

何度も「今から無痛分娩できますか?」と言いそうになったことかの世界で…

何度も心の中で「え!これ世の中のお母さん皆経験してるの!???」

と陣痛の波に耐えながら自問自答してました…

第1子出産後は自分を産んでくれた母親へ感謝と謝罪の気持ちでいっぱいになり、

道端で普通に子供連れてるお母さんに手を合わせたくなるような心境になりました。

最近は兄弟や(たとえば上の子が夏休み中にとか)お仕事等の関係で(復帰する日にち等々)とかで

計画出産する方も多いですが、決して誘発剤が悪いものだという認識ではなく

自然に陣痛のくるお産を経験してみたいという気持ちが強かったのです。

それも、Yossyの時の経験からですが、誘発剤が効き始めると、

一気に次から次へとやってくる陣痛の波が怖くてしんどくて…

もうこの世の痛みと思えない感覚になってしまい(感じ方はひとそれぞれですが)

退院する時、思わず副医院長先生に話したことは

「あの、陣痛って…皆あれ経験してるんですか…?私、初めての出産でしたが痛みが凄くてびっくりで」と聞いてみると

「自然に陣痛がくるよりも誘発剤は痛みが0のところから痛みのピークまでの差が一気に来るので余計辛く感じるのかもね」

と言われたことがありました。

 

今回も、またもや陣痛のくる気配のない私。

ですが、経産婦という事もありYossyの時は全く感じられなかったお産前の自分の体の変化はあり、

「弱い前駆陣痛」らしきものや、予定日近くなり「子宮口が1~1.5cmまで開く」

予定日1週間すぎからは「子宮口が柔らかくなってくる」というのが一人目との違いでした。

 

でも陣痛が来なければ出産には繋がらず、やはり中々本番の陣痛は来ず…

私の心の中でずっとラストチャンスの「18日朝」という文字がずっと頭にあり念じていました…

(週末はお金が嵩む&出来れば深夜はやめて~との願いと共に 笑)

 

~~~陣痛から出産までの記録~~~

【17日(日)夜】

「結局また陣痛こなかったね」と15日(金)から上京してきたパパさんと会話を交わす…

パパさんは「わかってたことじゃん 笑」というようにいつもの調子で大きく構えている。

後半、何度も東京へ足を運んでくれるパパさんに申し訳ない気持ちと

(Yossyの時はもう一回新島⇔東京を往復したけど 笑)

なんとなく焦る気持ちがあったのは隠せない…

出産のジンクスでよく聞く、「焼肉食べると陣痛くるらしい」を思い出してからか?

17日の「最後の晩餐」に選んだのは焼肉ではないけど「豚かつ♡」にしました♪

ばぁばもじぃじもパパもよっしーも私も皆好きなやつ♪Yossyもよく食べた~♡

 

 

その日の夜は”明日はいよいよ入院”と少し緊張感もありながら就寝…zzz

日付けが変わった18日(月)0時13分55秒

夜中に子宮の収縮で目が覚め、”何だかいつもより痛いな”と感じ、

咄嗟に初めて使う陣痛アプリをタップ。

その後8分42秒後にまた波が来てカウントするが、その次の痛みは間隔があき、

ウトウト寝に入り38分01秒後でした。

でもその後も変則的だけど波は続き、布団で横になりながら

ようやくこれは「前駆陣痛」ってやつだと認識する。

初めての前駆陣痛。ネットで本陣痛になるまでの流れを頭に入れ、

パパさんをいつ起こそうか、病院にいつ電話しようかと時間を図っていた。

その後も波は続きようやく3時頃パパさんを起こし、陣痛が始まった事を伝える。

4時頃、母に陣痛が始まった事を伝えYossyを実家に置いていく事を伝える。

病院に電話すると病院食の朝ご飯が間に合わないので、おにぎり等何か食べれる物を持ってくるよう言われました。

パパさんに「お母さんにおにぎり二つ作ってと伝えて」と伝言し、

帰ってきたパパさんに「お願いしてくれた?」と聞くと

「今、ご飯炊いてるって」と言い 笑

焦る気持ちを平常心×2と自分に言い聞かせてた私は

「え!今から米炊くの!?冷凍のでいいんだけど!」と突っ込みたくなった 笑

そんなすぐに行かなくていいと思ったのだと思うけど、

私は陣痛の波が怖くて早く家を出発したい気持ちになっていた。

陣痛が始まりトイレが近くなり、トイレに行く途中通った台所で

私の辛そうな表情を見たからか、おにぎりを握りながら母の鼻のすする音が聞こえた…

自分の出産の時を思い出したのかと感じ、その時母の目はあまり見れなかったけど

瞬間的に「自分も頑張らないと」と気持ちが奮い立った。

家を出るまでに3回便が出た。出産の準備だとすぐに分かった。

後から聞くと、便が邪魔して上手く赤ちゃんが降りてこなかったり、

いきむとき一緒にでてしまう場合もあるそう 笑

昔は浣腸してから出産の時代もあったそうです。

腸が動く事で陣痛も促進されるそうなので。

 

その後の陣痛のカウントは

16分37秒、10分17秒、30分23秒、6分8秒、6分59秒、19分、14分7秒、7分46秒、6分09秒

4分38秒、9分29秒、14分13秒、6分13秒 、6分08秒、4分55秒 、12分16秒、13分3秒

8分23秒、4分49秒、6分19秒 、6分33秒、13分4秒 、9分19秒、7分35秒、5分38秒、

4分03秒、7分8秒、3分39秒、3分39秒、2分45秒…

 

いよいよ出発しようかという時Yossyが起きてしまい、

パパさんが寝かそうとするけど慌ただしい状況を察知し、しがみついて離れないので母にYossyをお願いする。

パパが状況を説明すると泣きながら「いってらっしゃい」ができていた。

玄関から外へ出ると寒さと強くなってきた陣痛の痛みで玄関先で何度も嘔吐。

人間強い痛み(病気等でも)を感じると吐くそうです。

yossyの時も促進剤効き始めてからゲロゲロ祭り。

パパさん運転で自宅出発。

5時15分~車の中から病院に「今から向かいます」と連絡。

車の中では陣痛の合間はパパさんと普通に会話はできる状態、

だけど車の中で陣痛の痛みと出産の恐怖感で涙ボロボロ…

車の中でのカウントは不規則ながらもすでに10分以内の間隔。

6分42秒、2分19秒、2分52秒、5分06秒、2分58秒、2分04秒…

病院が近くなり計測終了…

駐車場についてまだ真っ暗な外に出ると次の陣痛の波がやってきて、地面に四つん這い

波が去り歩けるようになり病院へ入ったのが5時30分頃

二階へ行き、院内着に着替えると陣痛室ではなくもう分娩室へ。

子宮口はすでに8cm開いていた。

陣痛アプリの計測を伝え、4時頃から本陣痛のカウントをスタート、

6時頃~段々痛みが強くなる

でも赤ちゃんが大きいことから中々降りてきずらいと思いますと助産師さんに言われました。

その後、痛みに耐えること時計を見ていると陣痛が来ている間の5分てもの凄く長く感じる

もう大分時間たってる気がするのにまだ5分しかたってないって思って過ごしてました。

後半、中々強い陣痛が来ないので助産師さんに「弱い促進剤を使ってはどうか」と言われ

このままこの痛みを数時間続けるのは大変なのでお願いしました。

点滴を打ち始めてちょっとするといきなりゲロゲロ祭り…

後からパパさんに

「あの促進剤点滴した後のゲロゲロは時間的にまだ効いてないと思うしメンタルでしょ 笑」

って言われた 笑

 

陣痛の合間はモニターに映るハワイの海亀やモンクシール、ノースの海たちに救われました

 

その後、強い陣痛の波が来て助産師さんに破水してもらい出産。

で、とにかく痛かった。

”あれ?二人目はもっと楽だと思ってたのに”と思いながら無事出産。

陣痛に関しては二人目ということもあり陣痛を経験した事があったからか、

前駆陣痛から徐々に体が慣れていったからなのか、

今回ほんの少しだけ気持ちに余裕があったような気もします…気がするだけ…かなも?笑

朝7時42分陣痛の苦しみの中でもスーパー安産で3722gのビッグベビーの女の子を出産しました。

 

そう!計ってびっくり3722g

そうそう痛かったのはこの大きさだ 笑

副医院長先生に診察してもらった時、計画出産ではなくぎりぎりまで陣痛待ちますと伝えると

「お腹の環境がいいから産まれる直前まで大きくなりますよ」

「一人目3344gだったら二人目3800gまでいけるから!」と言われ

爆笑してましたが本当にそれなりに大きくなってました 笑

 

パパさんに立ち合いしてもらい本当に心強かったです。

Yossyも立ち合いさせようかなと思っていたけど、朝ご飯の後、

後から両親に連れて来てもらう予定で思ったより早く生まれてくれたので間に合わずでした。

妹を初めて見た時のYossyの顔、とても不思議そうな顔をしてました。

やっとお兄ちゃんだねYossy♡

↓Yossyの目線はハワイの映像へ(≧▽≦)

私のお世話になる産院は無痛分娩が7割だそう。

出産は10人いたら10通り。

ママが「どういう出産をしたいか」が一番大事。

お母さんが一番ハッピーになれるポジティブ出産を応援してくれるのが赤枝医院

今回、先生が私の願いを聞いてくれ、最後の最後で自然に陣痛がやってきてくれ、

自分が願っていたお産ができ、とても心に残るお産になりました。

妊娠後期で逆子になり、クリスマスの健診でしっかり戻り、予定ぎりぎりで陣痛が来るという

ヒヤヒヤと色々あったけど、私の願うお産ができ、無事に産まれてきて本当に感謝です!!!

あとから気付いたけど18日は大潮でした♪

日付けが18日に変わって陣痛の波がやってきて出産は時間的に満潮時刻。

ということで結果、私は妊娠期間が長いという事になりますね 笑

とにかく無事に出産できて今は安堵感でいっぱいです!

これから4人家族♪

今後とも佐藤家を宜しくお願い致します!!

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Acco from Akaeda clinic Maternity Resort

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ABOUTこの記事をかいた人

佐藤acco晃子

6歳~18歳までは水泳選手として専らプール生活。ジュニアオリンピックにも出場。18才で初めて訪れた新島でボディボードに出会う。ボディボードがやりたい一心で島へ行く前日にボディボードセットを購入し20歳頃から新島で住み込みバイトをしながらボディボードの練習に励む。自己流ながらも2009年プロ資格取得。2010年ASP×JPBAコラボの大会Malibu Kamogawa Girls Festivalで優勝!2014年 までIBA(現在はAPB)World Tourをフォローしヨーロッパ、南米、他世界の試合を転戦。2013年南米ベネズエラで行われたIBA World tour Bodyboard Pro Festival Venezuela 最高ランクGSSシ リーズの大会で3位入賞、世界の表彰台に登る。その後コンペプロ引退し出産、一児の母となる。現在は島で子育て海生活を楽しみながらボディボード普及活動を行っており、第二の人生、目標に向かって邁進中。