小池葵のこれまで、そしてこれから1
日本でボディボードというスポーツをここまで大きく育てた立役者の一人といえば、小池葵。もしかしたら、彼女の事を初めて知る人もいるのかもしれないが、今ボディボードというスポーツが日本にこのような形で存在する理由の一つが彼女であるといっても過言ではない。
プロ生活11年のうち、チャンピオンになった回数はなんと10回。周りから、たまには誰かに譲ってあげれば良いのに、、、とそんなアドバイスを受けるほど、誰も彼女のいる場所へ行くことができなかった。4年前、パイプラインの試合で優勝後、コンテストシーンからは引退し現在はプロ選手の育成に専念。指導に専念しすぎて、今は気づけば2週間海に入らないことなんてざらにあるという小池葵のこれまでの選手人生、今、そしてこれからについてを語ってもらった。
【ハワイ生まれ、湘南育ち】
父、母ともにサーファーというサーフィンファミリーで育ち、6歳までハワイで過ごす。日本へ帰国後は大磯、辻堂に住み、まだ海とは無縁な生活を送っていた小学校六年生のある日、父に遊び道具として渡されたボディボードがすべての始まり。すぐに横に滑れてしまった彼女に父は素質を直感。
「当時大磯から辻堂にひっこしたばっかりで、部活とか新しい友達とか、海より、ちょっと大人になりたいっていうか、小学生じゃない自分を楽しみたかったから、優先順位がBBが中心ではなかったです。それが、ボディボードを始めた次の年に、全日本に藤沢支部で出れるようになったんです。奇跡的に。当時藤沢支部って、強豪選手が集まっていたところで、まだ始めて一年の子供が出れることすらあり得ない感じだったのが、勝ちあがって行っちゃったんです。そこから全日本に向けて練習するようになる過程で年齢に関係なく色んな人と関わったり、大人と知り合って遊べたり、いろんな海に行けたり、中学のお友達以外の友達が増えて、それが楽しくなってきたんです。どっぷりハマったのはそのあたりですね。」
で、その最初の全日本でなんと優勝してしまう。
「それまでは遊びの延長だったし、親も娘が海に入ってくれてうれしい、っていう程度だったんですが、優勝しちゃってからはそれががらりと変わりましたね。中2の時からかな、けっこう厳しかったし、アツかったですね。両親の気持ちが。父も母もサーフィンするんですが、私が女の子で生まれてきたから当時海のスポーツは危ないってことで普通の小学生として育ってきました。もともと男の子だったらプロサーファーにしたかたったみたいで、全日本をきっかけにその思いが一気に強まったみたいです。」
彼女がプロになったのは18歳。アマチュアのみが参加出来る世界選手権に出る為に18までアマチュアで活動、プロ転向後は先に述べた通り、負け知らず、日本のツアーで優勝できなかったのはたった1度だけである。一緒に出ていた選手はさぞかしいやだったのでは?
「たまに誰かに譲ってあげればいいじゃんとか言われましたよ。たまにはひいてあげなよ。って。私は絶対にそれは譲れなかったですね。 試合が大好きなんですよ。」

【勝ち続けた理由】
試合、と言うと、技術の競い合い、それに対する点数をジャッジがつけるもの。と単純に思いがちだが、海をフィールドにしたサーフィンやボディボードは、戦う相手が他の選手だけではなく、自然もその相手。精神的な強さはもちろん、厳しいコンディションでも海に出なければいけなかったり、彼女を勝ち続けさせたのは何だったのか。
「若いときはもちろん対相手だったんです。そのうち、なぜもっと試合に出たいと思ったかっていうと、自分が変わって行っていることに気付いたからなんです。もちろんそれは精神的にも変わっていったんですが、私にとっては、試合という経験から得られるもの自体が私の人生に大きな意味をもつようになりました。私は技術より精神面で勝ち上がったようなもので、目標が明確だったことと、あと葵はだれも目に入ってないってよく言われましたね。ある日自分自身との戦いだっていうのが分かってからは自分自身に集中してしまっていたので、周りは関係なくなっていたのかもしれないです。それに、まだ中学や高校生で日本や海外のあらゆる場所へ行けたりっていうのは素晴らしい経験でした。自分が試合に真剣に取り組んで貴重な体験を得ることで得られることの大きさを感じていたし、それには勝ち続けなければ意味がないと思ったんです。」
中学や高校といえば、一般的には学校とう狭い社会の中で自分のやりたいことがなかなか見つからない、そんな時期。彼女の場合、その時期を海というフィールドですごし、しかも世界を旅するという素晴らしい経験を手に入れた。
「中学や高校で海外を回るっていう経験は、感謝の思いとか、親に対する想いとか、その時々に一緒にいられる仲間だとか、っていう思いに早く気づかせてくれました。それから目標を持てるって良いことだなって。中学生とかって、何かしたいと思っても行動に移せなかったり、何がしたいのか迷う時期だと思うんですが、私の場合は既に決まっていたというか、中学の時から明確なものがあったのはすごくありがたいです。高校になって、大学に行くのか、それとも就職するのかを迷う、っていうのがなかった。私の中ではボディボードを通してい色んなことが大きく変わっていくことが、ボディボードにより夢中になった理由です。」
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Aki Nakamori
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