ホアキンフェニックスのアカデミー賞スピーチ



リバー・フェニックスのお兄ちゃんでヴィーガンのホアキン・フェニックスが、アカデミー賞の授賞式でこんなスピーチした。地球で起きてるすべてのことにあてはまるすばらしいスピーチだったので訳してみました。

ぼくは、私たち人間が集合的に経験しているむずかしい状況について考えていました。時にわたしたちはそのさまざまな原因を擁護したり、かばわなければならないように感じさせられることもあると思う。それは男女の平等や差別、ゲイや原住民そして動物たちの権利などのことで、つまりそれは間違ったことへの戦いでもあり、また特定の国や個人や人種、性別が、罰せられることもなく支配しコントロールし、他者を利用する権利があるという考え方への戦いでもある。

わたしたちは自然からすっかり切り離されてしまった。自分たちが宇宙の中心であり、自然界にあるものをなんでも奪って当然だという自己中心的な考え方には、わたしたち全員に責任がある

牛を人工的に妊娠させ、母牛が苦悩に泣き叫んでいるのはあまりにも明らかなのにその赤ちゃんを奪い、子牛が飲むはずの母乳を盗んでそれをコーヒーに入れることを、わたしたちは当然だと思っている。ぼくらはは変化を恐れる。なぜなら変化することは他の何かを我慢したり犠牲にすることだと考えているからだ。しかし想像力にあふれ、発明が得意なのが本来のわたしたち人間というものではないだろうか。その想像力があれば、わたしたちはすべての環境、そして知的な生物が幸せになれるような変化をもたらすシステムを創ることだって可能なはずだ。

僕は自己中心的でイヤなやつだし、一緒に仕事するのは大変な人間だったと思う。でもここにいる多くの人が僕に二度目のチャンスを与えてくれた。過去の過ちを責めつづけるのではなく、お互いの成長のために助け合うより強いものはないし、それが人間として最高の状態だと思う。

これは死んだ弟が17歳の時に書いた詩です。
“愛とともに助けにかけつければ平和はついてくる”

時に涙を浮かべながらのスピーチは、彼にとって動物たちや地球そのものに行われている蛮行は本当にかなしいものなのだということが伝わりすぎます。わたしも地球や動物たちに行われている暴力について話しはじめると涙出てくる。彼の提案で、授賞式のディナーはたった数日前にヴィーガンに変更になって、その後につづいたさまざまな授賞式の多くがヴィーガンメニュー採用したそーです。

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ABOUTこの記事をかいた人

エリツィン編集長

Beach Press編集長・水着屋・何でも屋。 20代のほとんどをヨーロッパとハワイで遊び呆け、ハワイではサーフィンに出会い人生激変。日本帰国後会社勤めを試みるも挫 折。現在は海の近くでハワイからステキなビキニや日焼け止めを輸入したり、サーフィンしたり、旅したり、サーフィン したり、旅したり、ほとんどサーフィン先日、幸せな人生のためには週20時間以上働いてはいけないとどこかで読んだので実践中。。冬は働いてません。楽しいことしてれば人生なんとかなる。念ずれば花開くは小学校からの座右の銘。笑う門には福来たる、真面目禁止、一日一爆笑が日課。ではあるが、やさぐれてる日があってもいいと42歳になって気づいた。