車にいろいろ積んで、 東京からカーフェリーで種子島と屋久島へ行ってみた家族旅行記 その1





【旅出発6ヶ月前ぐらい】

子供2人が小学生になってからというもの、長い夏休みを使ってのサマーバケーションが毎年恒例の家族全員のお楽しみになったこの頃。

今年の旅行のテーマは、「人のあまりいない場所」ということになった。

なぜそうなったかというのには理由がある。

現在私たちの住むバリ島チャングーがここ数年人気急上昇。

前はポツンポツンとしかホテルがなかった、極上サーフブレイクが点在するかなり長い海岸線には、ビーチクラブやホテルがどんどん建設され、以前はローカルと在住外国人で占めていた街が、急激に旅行者だらけの街に。

そんな人いきれに精神的に疲れが出てきてしまい、なんかこう、「ひとりにさせて」。そんな気持ちになってしまったのだ。

まずはそこから考えを巡らし、天の声に耳をすまし(笑)、友達の意見に耳をかたむけ、あーでもないこーでもないと旦那と意見を出し合い喧嘩し(笑)、降りてきた答えは、日本の種子島と屋久島

だったらサーフボードとキャンプ用品持ってきたいよね、でも飛行機だとそれが大変だよね(しかもバリからだし、この時点ではどでかいSUPとフォイル持ってくとか言ってるし)、だったらカーフェリーで行った場合と飛行機で行ってレンタカーした場合との予算を比較してみよう。

と、どんぶり勘定をしてみた結果、カーフェリーを使った移動の方が少し高いぐらいという結果になった。(北九州の港から鹿児島の港までの九州横断の高速代とかガソリン代とかホテル代とかまったく考えていない浅はかな金勘定)。

実家の母のマイカーを貸してもらえる承諾も得た。

あとは、東京有明から北九州までのフェリー2泊3日かかる時間がちょっと気になったけど、まあ、普段の週末も2日間家に籠ってダラダラする家族だし大丈夫だろうということで、カーフェリーで行く旅の決行となったのであった。

(この時点で、日本の夏は台風が多いよ~!船はすぐに欠航になるよ~。ということは微塵も予想しない能天気な海外在住日本人)

毎年子供たちを日本の小学校に体験入学させる。今年の担任は23歳!!

【旅出発3日前】

先に子供と日本入りして、子供を日本の小学校体験入学に入れている間、子供よりも手のかかるアメリカ人旦那が来る前にいろんな仕事をささっと片付け、あとは成田からリムジンバスで埼玉に到着する旦那を待つばかりとなったその日、ティーン、と旦那からのメッセージが入った。

「リムジンバスがサーフボードを受け付けてくれない」

 

あらま~。。。

(リムジンバス利用歴20年以上、まったくそんなの知らなかった)。

「じゃあ、宅配便に頼みなさい」と落ち着いて支持を出す私。

10分後ティーンと旦那からメッセージ。

7月に行われた、Indigo Sea 湘南ポップアップ。
いろんな人たちにお会いできて、とっても楽しかった!

「宅配便もサーフボード受け付けてくれない」

がびーん。

(サーフボード海外持ち運び歴20年以上、知らなかった~!)

ということで、もうしょうがないから急遽片道2時間子供2人を乗せた車で成田に迎えに行くはめになったのであった。(時間にして6時間のロス、お金にして高速代ガソリン代約1万2千円のロス、ほらね、子供よりも手がかかるでしょ)。

ちなみに直前に胸の靭帯?か何かを痛めた旦那は、どでかいフォイルを諦め、3本のサーフボードを持ち込むに落ち着いたのであった。あ~よかった。

倉庫のようにでかくて何でもあるリサイクルショップ。
さすが日本!

【旅出発1日前】

私は実はどうでもいい、というか、どっちかっていうと面倒かな~、と思うキャンプ(笑)。

一方、キャンプ大好きな旦那と子供達。

用意とか料理とかほぼ全て旦那がやってくれるし、子供も喜ぶし、まあいいか、という感じで私はいつも付き合ってあげているのだ。

ということで、この日はキャンプの買い出しに。

近くのイオンモールに入っている旦那お気に入りのショップ、カルディで食材を大量購入。いろんなモノを積めて持っていけるカーフェリーって便利だな~。

テントを日本に持っていないため、リサイクルショップで中古6000円のコールマン5人用テントを購入。

(この時点で、暑過ぎてテントで寝るなんてとんでもないということを微塵も思っていなかった浅はかな考えの私たち。この後、このテントは一度も開けることなく従兄弟の手に渡るのであった。チーン)

日本滞在中、ナンバーワンに美味しかった食べ物は、叔母ちゃんちで採れたカボチャ。煮物、天ぷら、サラダのかぼちゃづくしに、叔父ちゃんの手打ち蕎麦!

近所の桃畑農家からお裾分けしていただいたフレッシュ桃!





ABOUTこの記事をかいた人

indigosea

http://indigosea.net
チエコ 1999年にサーフィン好きが高じて日本を脱出1人ハワイ移住するも、そこで出会ったアメリカ人現夫とアジアバックパッカーの旅⇨埼玉⇨マリブ(アメリカ)⇨サンディエゴ(アメリカ)⇨パナマ⇨バークレー(アメリカ)と移り住んだ末に理想の地、バリ島チャングーに落ち着いて現在5年目に突入。2人のガールズの子育てをしながら、サーフィン、ヨガ、仕事に日々鍛錬の日々をおくってます

ユウコ 1999年初バリ。初めてのバリでバイク事故に合い前歯二本折れたりバリっ腹になったり想像以上のパワフルな波で恐怖体験をし最悪の印象でこんな島2度と来るもんか!!と思っていた。 2002年にサーフィン&バリマニア現旦那と結婚。それまでハワイハワイだったのに好きな人と行く場所は輝いていたので簡単にバリの虜となる。 夫婦でバリへ通いつめ、地元京都でバリ人シェフを招いてアジアレストラン開業。その後ウルワツでレストランを開店させた旦那の応援しつつ、自分自身がバリへ通う回数を増やすにはどうすればいいかと考えた結果2007年出来たブランドがインヤンヨガウェア。バリで仕事を持つことでバリとの愛情を深め、2012年京都のお店を閉めてバリへ完全移住。2015年無謀ながらもバリで高齢出産にチャレンジ!2017年また新たな草木染めブランドindigo sea設立。現在チャングーに住み5年、育児と家事は旦那とほぼ半分づつ分担し仕事も適度にサーフィンも気の向いた時に楽しんでいるロングボーダー45歳水瓶座A型。