小さな島にある小さなビーチのお話





今日は、私の愛してやまない、小さな島にある、小さなビーチと、そこにワルン(海の家)を営む家族のお話をさせてください。

スピードボートでレンボガンに近付くとプレイグランドのポイントの向こうにこうやって見える小さいビーチがソンランブンビーチ

 

バリからスピードボートで30分でたどり着くレンボガン島にある、この小さなビーチ、ソンランブンビーチに初めて行ったのは、

今10歳の娘が2歳ぐらいだったから、8年前ぐらいになるかな。

ちなみにその頃私たちはアメリカに住んでいて、サンフランシスコ空港→香港経由の→バリ→レンボガン島と、

気の遠くなるような移動を経てここに着いたっけ。

 

このビーチは、プレイグランドというサーフポイントにビーチエントリーできるので、

(注:レンボガンには3つポイントがあり、沖のリーフで割れているため、船で連れていってもらうのが主流)

小さい子供のいる私たちサーファー夫婦は、このビーチで子供を遊ばせながら、夫婦で交代でサーフィンできるね、と、行ってみたのです。

このビーチ、後ろにはジャングルがこんもり茂り、白砂の面積は潮の満ち引きにもよるけれど、

テニスコートを2つぐらい置けるか置けないかの広さ。

20人が寝転んだら、混んじゃう、ほんとに小さいビーチ(笑)。

ビーチチェアーとかパラソルとかは一切置いてありません。

そこで子供を遊ばせていたら、Nila’s Warung という海の家を営むイブ・ニラ(イブとはインドネシア語でミセスという意味)と出会いました。

その頃ニラは、上は13歳、下は2歳の5人(!)の娘たちを遊ばせながら、海の家を切り盛りしていました。

パパ・マデは小さな自分の船を持ち、スノーケルなどのお客さんを海に連れて行くのを仕事にしていました。

2歳だったうちの娘が、何人ものお姉ちゃんたちと遊んでもらって、私はそれを眺めてお茶しながらイブ・ニラとおしゃべり。

レンボガン島は、海藻ファームが主要な産業で、その海藻は日本の化粧品会社に買われていくことや、

土地がどんどん買われて開発されていることなど、いろんなことを教えてもらいました。

海からビーチを見て右側にあるのがNila’s warung

2010年、今10歳の娘が2歳だった頃、ニラの娘たちと遊んでいる写真

 

あれからほどなくして2人目の娘が生まれ、私たちのバリ移住がとんとん拍子で決まり、

バリに住み着いてからは、多い時で1年に2回ぐらい、

ある時は親友家族と、ある時は義理兄家族と、ある時は日本の母親とその姉妹たちオバタリアンズ(笑)と、

今思い起こせばいつも大事な人たちとソンランブンビーチを訪れていたな。

数年前まで無かったレンタルSUPが導入されたり、あまり選べなかったレンタルサーフボードも、

今ではショートからロングまで選べるようになったりと、どんどん遊び道具が増えていく

 

イブ・ニラたちは、訪れる度に、私たちをすぐに見つけてくれて、すごく嬉しそうな笑顔で迎えてくれる。

ある時はパパ・マデの船が新調され、ピカピカで立派なボートを見せてもらったり。

ある時はイブ・ニラ不在でどうしたのかと思ったら、長女が出産だからバリの病院につきっきりだとか。

今は5人の娘たちは成長してあまり海に来なくなってしまったけれど、代わりに、

孫が毎日ビーチに遊びにきて、私たちを迎えに来たパパ・マデのボートで眠りこけてたのがすごく可愛かった。

5人の子供たちはみんな女の子だったから、パパ・マデの船は継げないけれど、

今のところ3人の孫は全部男の子だから、誰かが継いでくれるだろうって嬉しそうに言っていた。

パパ・マデとお昼寝中のお孫ちゃん

将来は絶対船乗りになるね!

 

お互いの娘たちが大きくなってしまって、前のように遊ばなくなってしまい寂しいねー、とか言い合ったり。

寂しい一方で、娘たちが大きくなったからこそビーチに安心して置いていくことができ、

夫婦ふたりでサーフィンに行けるようになったり、好きなタイミングでパドルアウトできるようになった。

この間は、美しい透き通った海で娘とサーフィンできて大感動したり。

子供たちの成長とともに、時間とともに、楽しみ方が変わってきている。

子供たちも、レンボガン島で他のビーチに行っても、早くソンランブンビーチに帰りたい、

と言うくらいここがお気に入り。ブレーンウォッシュか!?(笑)。

おやつにフライドポテト。ジャガイモの皮をむくところから作ってくれる本物ポテト。向こうに見えるのはサーフブレイクのプレイグランド

最近は、観光客の増加とともにボートの数も増え、

ガソリンの汚染で海藻産業がほぼ消滅したという悲しいニュースを教えてくれた。

その代わり、観光業での雇用が増えているのは事実。

 

時の流れとともに、いろんなことが変わっていくけれど、

このソンランブンビーチとニラの大家族が、

いつまでも平和で繁栄していきますように、と、心から願うのです。

ニラとお孫ちゃんとうちの娘たち

みなさんも、レンボガン島に行ったら是非この小さなビーチと Nila’s Warung を訪れてみてくださいね。

サーフボード、SUP、バナナボート、シュノーケルや他のポイントへの船などほぼ遊び道具は揃っていますよ。

向こうに見えるのは、バリ島のアグン山

今回はパパ・マデの船で、お隣のヌサペニダ島にデイトリップしました。 こんなアクティブな日は、Indigo Sea のロンパーが大活躍!!

 

 

 

 





ABOUTこの記事をかいた人

indigosea

http://indigosea.net
チエコ 1999年にサーフィン好きが高じて日本を脱出1人ハワイ移住するも、そこで出会ったアメリカ人現夫とアジアバックパッカーの旅⇨埼玉⇨マリブ(アメリカ)⇨サンディエゴ(アメリカ)⇨パナマ⇨バークレー(アメリカ)と移り住んだ末に理想の地、バリ島チャングーに落ち着いて現在5年目に突入。2人のガールズの子育てをしながら、サーフィン、ヨガ、仕事に日々鍛錬の日々をおくってます

ユウコ 1999年初バリ。初めてのバリでバイク事故に合い前歯二本折れたりバリっ腹になったり想像以上のパワフルな波で恐怖体験をし最悪の印象でこんな島2度と来るもんか!!と思っていた。 2002年にサーフィン&バリマニア現旦那と結婚。それまでハワイハワイだったのに好きな人と行く場所は輝いていたので簡単にバリの虜となる。 夫婦でバリへ通いつめ、地元京都でバリ人シェフを招いてアジアレストラン開業。その後ウルワツでレストランを開店させた旦那の応援しつつ、自分自身がバリへ通う回数を増やすにはどうすればいいかと考えた結果2007年出来たブランドがインヤンヨガウェア。バリで仕事を持つことでバリとの愛情を深め、2012年京都のお店を閉めてバリへ完全移住。2015年無謀ながらもバリで高齢出産にチャレンジ!2017年また新たな草木染めブランドindigo sea設立。現在チャングーに住み5年、育児と家事は旦那とほぼ半分づつ分担し仕事も適度にサーフィンも気の向いた時に楽しんでいるロングボーダー45歳水瓶座A型。