良き母演じるより母やめる宣言すればいい!w

Advertisement




大阪でかなり大きな地震があった日。朝7時過ぎに起きたんですけど、なんか夢を見てた氣がして、なんやったっけー。と足りなさすぎる脳細胞使って思い出したら、なぞの預言者みたいな人に「もうすぐ地震来るでー」っていわれてる夢だったのです。起きてから、(これでホンマに地震きたらこわー。ま、こーへんやろけど)っとか思ってた30分後に大阪地震のニュース見て、まぢ、びびった。


さて、おもしろい記事がシェアされてた。

【土屋アンナ】3児の母の“超脱力系・子育て論”が清々しい「苦手なことは全部スルー。周囲は一切気にしない」

https://woman-type.jp/wt/feature/9864

「お母さんなんだから」って世の中の人はよく言いますよね。でも、それが何? 普通の女性であることに変わりはないはず。お母さんになった瞬間に、清く正しく、何でも完璧に、なんてなれっこない。

かんたんにいうと、“自分が母になった時に思い描く「良き母」の呪縛から解き放たれた方がよい”という記事なんですが、今日のブログではその逆について考えたく存じます。つまり、ムスメ・ムスコが考える良い母親像も幻想だってことです。

みなさんにとって良き母ってどんな母ですか?何をやってたら良き母なんでしょ?一般的なよい母親像に取り憑かれてはいないですか?謎の”一般的な良い母親”と、自分の母親の現実の姿がかけ離れてるもんだから、母を好きになれいって人も多いんじゃございませんでしょうか。それ、勝手に自分で自分を苦しめてるだけですから。だって母親に正しいもクソもないぢゃん。

わたしも、家族から勝手に「おねえちゃんなんだから」扱いをされてひじょうに困ります。だいたい頼んでもいないのに勝手に一番最初に産どいて、「お姉ちゃんなんだからちゃんとしろ」って意味わかんねーし。って、ずーっと思ってましたw おかげで二人の妹からは「おめーは姉らしくなさすぎる」とクレームが入りまくるんですが、そりゃそーだろ。姉だと思って生きたことは一度たりともねーんだからwwあたすはただの人間だ。というわけで、わたくし、何年かまえに「姉やめる宣言」しましたし。


お母さんも同じだと思うのです。自分が勝手に思い描く理想の母とじっさいの母がちがうのなんて当然でございましょう。100人の母がいれば、100通りの子育てがあって100種類の母がいるのだ。自分の母の母(おばあちゃんね)がどうやって母を育てたのかとか、母が育ってきた環境や、さまざまな社会的刷り込みがもたらす信念によって母の仕上がりはすべてちがって当たり前なんだ。あなたの謎の理想の母親像とちがうからって、それを母のせいにしてはいけないのだ。子供であるわたしたちがまったく知らない苦労を母はしてるかもしれないから。

子供と母の関係ほどややこしいものはない。父との関係ももちろんだけど、個人的には母の呪縛は父のそれより重いと感じます。表面的には何も問題のなさそうなステキ風味な母子でも、かならず100%解決しなければならないことあるもんだ。それに氣づいていない親子が多いけど。そして、それは母が問題なのではなくて、自分自身の中でしか解決できない問題なのだ。

母もただの人間でしかないし、完璧な母になれる人なんていない。完璧じゃないからこそ、母はこの世に生まれる前に、わざわざややこしい関係になってくれる子供を産むことを選択して生まれてきてんだ。お互いが親子っていう関係の中で、完璧じゃない部分を修正するという学びの場を自分で作って生まれてきてんだよ。

っていう目で、母をひとりのただの人間として見ることができるようになったとき母との関係は変わると思うし、その関係から最大限学びたいって思えるようになる。母はただの人間だ。全部完璧になんてできないから。だからしょーがねんだ。そのままでいいんだ。母も母役なんてやめてやる宣言すればいい!w

って、先の記事を読んで思ったのでした!

草木染め、SOLD OUTアイテム出てきてまーす。
http://www.tropicofparadise.com


Advertisement



ABOUTこの記事をかいた人

エリツィン編集長

Beach Press編集長・水着屋・何でも屋。 20代のほとんどをヨーロッパとハワイで遊び呆け、ハワイではサーフィンに出会い人生激変。日本帰国後会社勤めを試みるも挫 折。現在は海の近くでハワイからステキなビキニや日焼け止めを輸入したり、サーフィンしたり、旅したり、サーフィン したり、旅したり、ほとんどサーフィン先日、幸せな人生のためには週20時間以上働いてはいけないとどこかで読んだので実践中。。冬は働いてません。楽しいことしてれば人生なんとかなる。念ずれば花開くは小学校からの座右の銘。笑う門には福来たる、真面目禁止、一日一爆笑が日課。ではあるが、やさぐれてる日があってもいいと42歳になって気づいた。