人間が、たった一人、荒野で生きたらどうなったか。

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Into the Wildって映画を見たんです。自然とはなにか、人とはなにか、家族とはなにかをこれでもかと見せつけてくれる映画でした。家庭崩壊した物質主義の親から逃げ出すように、大学を卒業してすぐ、大自然の中で独りで生きるために家を出ていった青年が、さまざまな人との出会いを経て、最終目的地であるアラスカ北部の荒野にたどり着き、そこでたった一人で100日間過ごすまでの、合計2年間を描いた映画。見てない人のために、これ以上説明しないでおきますけど、けっこう衝撃的な映画でした。

これ、実話にもとづいてつくられた映画なんですが、昨日映画見て、今日。朝Tumblrをぼ~っと見てたら、映画の元になったご本人の画像が出てきた!
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どんなタイミング~!!!ってびっくりしたと同時に、この人どんな人だったんだろうと、なんとなくネットで名前を検索したら、YOUTUBEに、この青年のように、荒野で一人生きるチャレンジしてみました!!的な人の映像がいっぱいでてきた。世の中いろんな人がいますわ。

おもわず再生して2時間ちょっと見てしまったのがこの人。(英語なんですけど、ヒマなら見てみて!すごいから)

カナダの森で90日間、土地があたえてくれるものだけを食べて一人で生きるドキュメンタリー。人間も自然の一部のはずだから、その、本来人間が生きるべき自然の中でどこまで生きることができるのか。的な。

このドキュメンタリーにしろ、先の映画にしろ、明確なテーマが二つある。まず、とにかく「食べる」ことが最大の難関なわけ。食べものがない。動物を狩るにしても、動物が見あたらない。ようやく見つけても、天然記念物のトナカイだから殺してはいけない。魚もつねに釣れるわけではない。野草が主食だけど、食べちゃヤバい野草もある。

サバイバル生活が始まって数週間で、まず、目つきが変わってくる。完全に動物の目になってくる。で、どんどん痩せていく。映画の青年もガリッガリに痩せた。食べるものがないから仕方ないんだけど。このドキュメンタリーのエドさんは、食べものがなさすぎて、心拍数が毎分30回以下になってしまい、もはや狩りや釣りをする体力がまったくなくなり、50日目にして、泣く泣くこのサバイバルチャレンジを断念します。

そして二つ目は人とのかかわり。人間は他者とかかわらずに生きていくことはできない生き物だということ。「幸せは他人がいてはじめて実現できるもの」みたいなことを映画の青年が言ってたけど、こちらのドキュメンタリーでもとにかく、たった独りでいることへの不安と恐怖がものすごい。50日間、ずーーーっと一人で、最期は完全に精神状態がおかしくなっていきます。50日目に救助のヘリコプターが到着して中から人があらわれたときに、最初に彼の口から出てきたことばは「People….!!」でした。

なんだろ、いちど文明に飼いならされてしまった我々は、自然の中に放り出されて、何も持たずに生きるのはやっぱりムリなんだろうなと思った。以前、アマゾンの奥地で暮らすヤノマミ族について書いたことがありますが、やっぱあの人たちハンパねーっす。ただ、彼らはその生活しか知らないんですけどね。それにしても、やっぱすごいよ。

なんかさ、わたしは一人暮らし歴もすっかり長くなりまして、一人は嫌いじゃないし、どちらかといえばかなり好きなほうだけど、それでも、家族がいて、友だちがいて、たくさんの人とかかわりながら生きているし、その人とのかかわりからしか学べないことが衝撃的にいっぱいある。

めんどくさい人もいるし、嫌いな人もいるし、かかわりたくない人もいるけど、その人たち全部ひっくるめて、いなかったら私はたぶん狂って死んでるんだろうな。なんて思ったら、やっぱりどんな関係だろうと、自分の人生劇場に登場してくれる人ってありがたいな。と思ったわけ。でもま、ありがたいけど、イヤなヤツはイヤなヤツに変わりはないわw そして、それでいいと思う。


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ABOUTこの記事をかいた人

エリツィン編集長

Beach Press編集長・水着屋・何でも屋。 20代のほとんどをヨーロッパとハワイで遊び呆け、ハワイではサーフィンに出会い人生激変。日本帰国後会社勤めを試みるも挫 折。現在は海の近くでハワイからステキなビキニや日焼け止めを輸入したり、サーフィンしたり、旅したり、サーフィン したり、旅したり、ほとんどサーフィン先日、幸せな人生のためには週20時間以上働いてはいけないとどこかで読んだので実践中。。冬は働いてません。楽しいことしてれば人生なんとかなる。念ずれば花開くは小学校からの座右の銘。笑う門には福来たる、真面目禁止、一日一爆笑が日課。ではあるが、やさぐれてる日があってもいいと42歳になって気づいた。